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#創造

現場の「気づき」が、
梅田での日常を変える。
DXでアイデアをかたちにする、FUTR LABOの挑戦

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世界中で様々なDX(デジタルトランスフォーメーション)プロジェクトが次々と生まれる中、まち全体を実証フィールドとして都市課題に果敢に挑んでいる活動がある。阪急阪神不動産が設立した「FUTR LABO」だ。
膨大な人々が行き交い、様々な商業施設やオフィスビルが並ぶ梅田というまちのポテンシャルとデジタルが柔軟に掛け合わされることで、まちにどのような変化や出会いを生み出しているのか。梅田ビジョンが掲げる独自価値『創造』の実現に向けた、挑戦の最前線を取材した。

「FUTR LABO」とは

梅田を拠点に、オフィスや商業施設の開発からエリアマネジメントまで、多角的なまちづくりを展開する阪急阪神不動産。同社は、進化するデジタル技術を活用し、事業やビジネスモデルを変革し続ける──いわゆるDXを通じて、これからの100年間も「まちを訪れる人々や働く人々にとって、より豊かで価値あるサービスや体験を生み出し続けること」を、DXビジョンとして掲げている。このDXビジョンの実現に向け、社員のアイデアや挑戦を実現する場所として設立したのが「FUTR LABO」だ。

「FUTR LABO」https://futrlabo.hhp.co.jp/
ラボの名称である『FUTR』は、未来(FUTURE)のスペルを少し変えたもの。『未来は与えられるものではなく、自らの意志で"創り"変えていく』という決意が込められている

阪急阪神不動産 DX推進部の乕田さんは、設立の背景について次のように語る。
「業務の効率化や仕事のデジタル化が進み、事業部ごとにDXを活用した新しいサービスのトライアルは増えてきました。ただ、それぞれが自分の仕事の延長線上でDXを推進するだけでは、お客様に『100年先も選ばれる』ような、未来に貢献できる価値を創造することは難しいのではないかと考えました。従来の不動産事業の概念を超えるような価値を生み出していきたい、同じ志を持つ仲間に普段の業務とは違う視点からDXを進めてもらいたいと考え、部門を越えた実践の場としてFUTR LABOを設置しました」。

乕田 裕紀さん
阪急阪神不動産 DX推進部 DX企画推進グループ 兼 賃貸事業部 事業統括グループ

FUTR LABOの特徴は、「新規事業をつくること」だけを目的にしているわけではない点にある。むしろ、既存事業の延長線上からは生まれにくいアイデアをはじめ、日々の業務の中で感じる小さな違和感や気づきを起点に、必要とされる取り組みを積極的に実装していくことを重視している。

FUTR LABOの流れはこうだ。社員のDXアイデアを事務局によるピックアップと経営層へのピッチによって選考。部署を超えた体制も迅速に構築し、実証実験まで一気に推進できる仕組みになっている。さらには外部パートナーも巻き込み、プロジェクトを加速させる。
ここで見える最大の価値は、社員が生活者として抱いた「気づき」を単なる提案で終わらせないことだ。FUTR LABOに挙げられるのは、一生活者としての日々の気づきと、土地や施設、お客様に対する知見──"不動産のプロ"としての目線を掛け合わせた、有用性と実現性を兼ね備えたアイデアだ。そのアイデアが、部門の壁を越えて協力体制を築けるスキームで実装まで導く。その実現力こそ、FUTR LABO最大の特徴と言えるだろう。

社員のアイデアをプロジェクトとしてスムーズに加速させる仕組みがあることで、社員は自分の担当領域に限らず、「まちや施設をもっと良くできるのではないか」という視点から提案を行うことができる。次で紹介するのは、自身の生活体験や業務経験から胸の中に抱いていた課題意識と、不動産のプロとしての知見がうまく組み合わさった好例といえる。FUTR LABOという場を通じて、一人のアイデアが梅田のDXへと発展した取り組みだ。

「実証実験で終わらせない」想いがもたらした
利用者視点のトイレDX

まず紹介するのは、商業施設やオフィスビルなどのトイレで実現した、在室時間の把握によって、混雑状態や利用者の体調不良などといった異常事態を早期に把握することができるDXソリューションだ。この取り組みの出発点は、決してDXの大きな構想から生まれたものではない。施設管理の現場で起きていた「トイレの長時間占有」という日常的な課題だった。

阪急阪神不動産 賃貸事業部の若杉さんは、ある日、同じフロアで働く社員が、管理を担当する施設で起きたトイレでのトラブルをきっかけに対策を考え込んでいた。話を聞くうちに、自身の中にもこれまでの経験から感じていた問題意識がよみがえったという。
「ビル管理の仕事を長くやっていると、トイレで起きている出来事は、自然と耳に入ってきます。ただ問題があると分かっていても、抜本的な対策まで踏み込めていませんでした」と振り返る。
「彼は同じ部署のメンバーではなく、通常であれば一緒に仕事をする機会はなかなかありません。ただ、FUTR LABOの制度なら、担当業務の枠を越えて一緒にチャレンジできると思いました」。

若杉 晋作さん
阪急阪神不動産 賃貸事業本部 賃貸事業部(当時)

若杉さんは早速検討を進めていった。トイレの不正利用や長時間占有を減らすにはどのように管理するのがよいのか。モニターやセンサーをどこにどのように設置し、事業としての採算はどのようにとるのか──。
プロジェクトを進める中で最も難しかったのが、施設管理と、利用者という二つの視点のバランスだった。施設管理の視点では、トイレの適正な利用状況を把握し、安全に運用したいという思いがある。

「トイレの個室という極めてプライベートな空間をどのように管理するかは、非常にデリケートな問題。しかし中の状況が分かれば、不正利用や、利用者の安否が懸念される事態なども把握できますから、最初は、骨格検知センサーのような技術も検討しました」という。しかし、利用者の視点に立つと事情は変わる。
「利用者を直接検知するような仕組みでは、見られているようで抵抗を感じてしまう。利用者からすると『私は普通に使っているのに、なぜ監視されるのか』という感覚になるのも当然だと思います」と若杉さん。そこで最終的に採用したのが、個室のドアの開閉を検知するセンサーだった。
「色々と調べた結果、AIとIoTを活用して混雑情報の配信・抑制を行っているスタートアップ『バカン』さんが提供する、ドアの開閉で利用時間を把握する仕組みが最も適していると判断しました。個室内のディスプレイに施設情報と広告を配信することで維持管理コストを削減できるのもポイントでした」と若杉さんは当時を振り返る。

トイレ個室内に設置されたディスプレイ

実証実験では、約300の個室にセンサーを設置した結果、長時間占有の件数は大きく減少し、施設によっては6割以上の改善が確認された。
「個室内のディスプレイで時間が見えるようになるだけで、かなり牽制効果がありました。正直、ここまで効果が出るとは思っていませんでした」。
現場の日常的な課題から始まったこの取り組みは、データという形で成果を示し、いま本格導入へと進みつつある。

今回の実証実験を通じて若杉さんが実感したのは、スタートアップをパートナーとして行うチャレンジにおける、シビアな姿勢の重要性だ。「『パートナーのためにも実証実験で終わらせない』という情熱と、冷静な事業計画、通常業務以上のスピード感をもって臨むべき。その姿勢がパートナーとの信頼関係を作っていくということを、実体験を通じて学べたことが、私にとっての最大の収穫です」。

FUTR LABOの存在により、新たなチャレンジへの垣根は低くなった。しかし、チャレンジするからには、実証だけで満足してしまう姿勢では事業化には至らず、パートナーとの信頼関係も築けない。「実証実験で終わらせない」という姿勢は、FUTR LABOだけでなく、それを活用する社員一人ひとりにも欠かせないものであることを、若杉さんは示してくれた。

「預けられない」を解消するために──
実証実験で見えた課題と向き合い、共創パートナーと形にしたまちの回遊支援

もう一つ紹介するテーマは、「手荷物預かりサービス」だ。阪急阪神不動産 賃貸事業部でインバウンド誘致などを担当する國分さんは、その着想のきっかけについてこう語る。
「私は、プライベートでもよく梅田を利用するのですが、最近、休日に出かけるとコインロッカーの前に人がたくさん並んでいて、荷物を預けられずに困っている様子をよく目にしていました」。

國分さん自身、商業施設へのインバウンド誘致に関わる立場でもあり、荷物を抱えたままでは、まちを回遊すること自体が、来街者にとって大きな負担になってしまうと感じていた。
「当社が持つ物件やテナントの空きスペースを使って、梅田で気軽に荷物を預けられれば、梅田を拠点として、もっと自由に大阪のまちを回ってもらえるのではないかと考えました」。

國分 麻未さん
阪急阪神不動産 賃貸事業本部 賃貸事業部 商業企画グループ(当時)

プロジェクトを進めるにあたり、まず梅田の商業施設でインバウンドの来館者にアンケートを取り、実際の声を拾っていった。ニーズは予想通りだったが、既存のコインロッカーでは解決できないことも見えてきた。インバウンド客が持つ大きなトランクが入るサイズのロッカーがないことや、ICカード決済では海外からの旅行者が利用できないなど、「荷物を預かる」ための課題が明確になっていったのである。

こうした課題を踏まえ、共創パートナーとして選ばれたのが、荷物預かりサービスを展開するスタートアップ「ecbo cloak(エクボクローク)」だった。
「検索・予約・決済までスマホで完結する仕組みがあり、テナントの空きスペースを使う場合でもテナント側の負担がほとんどない。そこが決め手となりました」。

阪急大阪梅田駅直結の商業施設「阪急17番街」で行われた半年間の実証実験では、グループ会社が運営する既存の荷物預かり拠点と比べて3〜5倍の預かり実績が確認された。一方で、立地条件や人件費の問題など、事業化に向けた課題も見えてきた。
「実証実験中は、現場の様子が気になり、何度も足を運びました。現場でどのようなお客様がどのような理由でここへ来られたのか、運営上の課題やその解決方法は何か──実際にやってみて初めて分かることがたくさんありました。それらを経験したことで、当社もecboさんも次のフェーズへと進むことができました」。
実証実験を終えた手荷物預かりサービスは、現在、「阪急ツーリストセンター大阪・梅田」に移管され、2026年3月よりサービスをスタート。ecbo側は直営店を増やす方針を固め、サービスは全国に広がっていく見込みだ。 「今後は、エクボ関西初となる直営店を当社グループ施設に展開できるよう、引き続き協議を行っていきます」と國分さんは語ってくれた。

「阪急ツーリストセンター大阪・梅田」で2026年3月よりサービスを開始している手荷物一時預かりサービス。荷物の多いインバウンド客を中心に好評を得ている(写真は阪急17番街での実証実験実施時のもの)

また、親子三代にわたって梅田を「一番のおでかけスポットとして生活してきた」という國分さん。「普段の業務でも、梅田のまちをもっと良くするにはどうすべきかを念頭に置いて、アイデアを練ることが多いと感じます。梅田はその時代の最先端、未来の先取りを感じさせてくれるキラキラしたまち。そうしたイメージの継承に貢献できるよう、チャレンジし続けていきたいです」と、笑顔を見せた。

FUTR LABOが仕掛ける、今後の梅田の都市体験

FUTR LABOは、社員が自ら課題を見つけ、部門の垣根にとらわれず、デジタルの力を活用してまちの新しい価値を生み出していく取り組みとしてスタートした。採択された取り組みが実証実験を経て徐々に実装化されていくにつれ、社内でも関心は広がりつつあり、「自分も参加してみたい」「新しい挑戦をしてみたい」と考える社員も増えているという。

梅田という大都市には、不動産という物理的な資産だけでなく、人や企業の「生きた活動」そのものが集まっている。こうした集積地点である梅田を舞台に、各社員が、まちを利用する「ユーザー」としての目線と、「不動産のプロ」としての目線の両方から課題を見出し、スタートアップとも手を携えながら、デジタル技術を掛け合わせていく──。その先には、これまで想像していなかったようなセレンディピティ(思いがけない発見)が生まれる可能性が広がる。FUTR LABOに寄せられる期待は大きい。
「DXは、特別なものではありません。日常生活に溶け込んでいるスマホのように、"まちの便利な道具"としてDXを捉えれば良いと考えています。梅田という広大な実証フィールドの中で、DXをまちの魅力を拡張する道具としていけるよう、社員だけでなくスタートアップからなど、社内外から様々なチャレンジが生まれてくることに期待したい。それらのチャレンジが積み重なることにより、梅田のまちがさらに過ごしやすい場所になっていけばと考えています」と、乕田さんは締めくくってくれた。

梅田での都市体験を通じて、少し先の未来への期待感を届ける──。FUTR LABOは、いつの時代も100年先への期待感を担ってきた梅田という都市を実証のフィールドとしながら、社会に新しい価値と出会いを生み出す挑戦を、これからも続けていく。

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