
大阪の街を巡りながら、未知のアートやデザインに出会う周遊型エリアイベント「Osaka Art & Design(OAD)」は、梅田を起点に大阪市内のコンテンツを周遊する都市型アートプロジェクトだ。「10回継続」を目標に2026年、4回目の開催となるOADが目指す未来像とは。国際交流拠点を目指す「梅田ビジョン」におけるOADの使命や、今後どのような「体験と発見」を生み出していくのかという展望について、実行委員会立ち上げ時の中核メンバーに語ってもらった。
参加者:
阪急阪神百貨店 取締役専務執行役員 佐藤 行近さん
阪急阪神不動産 執行役員 谷口 丹彦さん
デザイナート 代表取締役 青木 昭夫さん(OAD2026アジャンクトプロデューサー)
コダマシーン 増井 辰一郎さん(OAD2026総合プロデューサー)
司会:OAD事務局長 小野田 匡祠(阪急阪神マーケティングソリューションズ 常務執行役員)

コロナ禍で生まれた連携――アートを軸とした都市戦略
小野田:まずは立ち上げの経緯からお話いただければと思います。2023年にスタートしたOADですが、構想はいつ頃からされていたのでしょうか。
佐藤:OADの立ち上げは2023年5月ですが、構想自体は2021年頃からありました。ちょうどコロナ禍の真っただ中です。我々百貨店は「不要不急」のビジネスだと言われ、営業制限や休業を余儀なくされました。入店客数も大幅に減少し、私たちが掲げている「地域住民への生活モデルの提供を通して、地域社会になくてはならない存在であり続けること」という企業理念が果たせない状況の中、改めてまち全体が元気であってこそ、我々の事業も成立するのだということを痛感しました。

アートに着目したことには、いくつか理由があります。もともと、百貨店の中ではラグジュアリーブランドへの支持が厚く、売上も好調に推移していました。富裕層がアートを投資対象や作家支援の手段として保有する潮流が高まっていたところに、コロナ禍で心理的な安心や癒しを求める人が増え、巣ごもり需要として生活者が住空間の質にこだわるようになりました。そこで、アートを切り口としてまちを活性化させられないか模索していたところ、梅田を国際交流拠点とすべく、まちそのものをブランディングしていこうという阪急阪神ホールディングスグループの「梅田ビジョン」が、自分たちの想いと合致したのです。
谷口:不動産事業を行う当社の立場からも、百貨店という梅田のコア施設と連携することは非常に意義深いと感じました。そもそも、梅田ビジョン策定のきっかけは、複数の事業者が関わる開発プロジェクトを行う中で、阪急阪神グループとして梅田の未来をつくるためのストーリーが重要であるという認識が生まれてきたことでした。梅田ビジョンが掲げる「国際交流拠点」を目指すにあたっても、世界的に価値が高まっているアートは、エリアを活性化させる起爆剤になり得る――ウォーカブルな梅田の実現という観点からも、まちを周遊しながら体験するアートイベントは象徴的な取り組みになると考えました。このようなアートへの視点が百貨店側と不動産側で合致し、色々な人々を巻き込みながらOADの構想が形になっていきました。
民間事業者が連携して文化を創る大阪梅田の気概
――「クリエイティブシティ大阪」に向けて
小野田:青木さんは立ち上げからプロデューサーとして参画されていますが、どのような可能性を感じて参画を決められたのでしょうか。
青木:国際競争力という観点からアートイベントを通じて日本全体のグローバルな競争力を引き上げるには、東京だけでなく様々な都市でアートやデザインのイベントがどんどん発生していくような状態になることが不可欠だと考えていました。そんな中で、大阪という大都市で、阪急阪神グループという関西の文化創造の旗手に旗振り役を担っていただくことには非常に意義がありますし、カルチャー創出の機運も大きくなるだろうという期待がありました。まちのリーダーが一致団結し、まち全体の活性化を図るアートイベントに取り組む、という気概に感銘を受け、ぜひ参画させていただきたいと思いました。

OAD2025では、百貨店では髙島屋 大阪店、大丸松坂屋百貨店、近鉄百貨店、鉄道ではJR 西日本ステーションシティ、南海電気鉄道、阪急電鉄と、これまでライバル同士だった事業者の面々が実行委員会に名を連ねてくださっています。これは、実は東京ではなかなかできていないことで、私の知る限り、民間主体での垣根を越えた連携スタイルを実現しているのは日本で唯一ではないかと思います。それができている大阪は、今後、アートを切り口とした日本の都市戦略において、大きなウェーブを巻き起こすポテンシャルがあると思います。
小野田:OADのミッションは「アートとデザインを通じて世界のクリエイティブシティ大阪を創造する」こと。そしてビジョンは「全国・世界から人が集まるアートとデザインの祭典」です。改めて、これらについてのお考えを聞かせてください。
佐藤:当館は現在、「夢と冒険と感動体験にあふれた世界最高水準の楽しさを提供するグローバルデパートメントストア」というストアビジョンを掲げており、OADをまさにこのビジョンを体現したプロジェクトととらえています。そこで、世界最高水準の体験を実現するために、ミラノで開催されるデザインイベント「フォーリサローネ」やアメリカ最大級の現代アートフェア「アート・バーゼル・マイアミビーチ」などのアートフェアに注目しています。
おととしには、実行委員会メンバー有志でマイアミを視察しました。まち全体がアートの祝祭空間になっていて、トップクラスのギャラリーやコレクターが滞在し、街のいたるところでレセプションやパーティが開催され、マイアミ市への経済インパクトは約750億円にも上っています。ミラノでも、アートやデザインに関するフェアは500億円近くの経済効果をもたらしています。

これらの世界の動向を見据えつつ、我々もアートとデザインを切り口とした都市戦略を考える上で、事業者やエリアを越えて大阪のまち全体を盛り上げる活動を、10年、20年かけて目標に達するよう、着実に進化を遂げていきたいと考えています。
谷口:阪急グループの創業者小林一三は数奇者として知られ、一三が集めた約5,500点の茶道具や美術品は、逸翁美術館で定期的に公開されています。こうした文化、芸術を一部の人間が占有するのではなく、大衆化するという意図を持ち、梅田に阪急百貨店美術部が作られていったのですが、我々はその精神を受け継ぎ、事業を展開していく義務があると考えています。

こうした「大衆化」への思いが、梅田における小林一三のまちづくりの原点だと考えると、アートという要素を使いこなして、より多くの方に親しんでいただき、活性化を生む土壌が、梅田エリアには伝統的に出来上がっているのではないかと感じます。
海外都市のアート戦略と大阪の今――
世界の実例から見えるOADの可能性
小野田:ここからは、海外や東京での事例を踏まえ、「まち×アート」の可能性についてお聞きします。青木さん、増井さんは世界のアート戦略の現場をご覧になっていますが、どのような潮流を感じておられますか。
青木:先ほど佐藤さんが言及された「アート・バーゼル・マイアミビーチ」は、まさに「まち×アート」を体現した象徴的な例といえるでしょう。もともと「アート・バーゼル」はスイスのバーゼルで始まり、現在はマイアミビーチ、香港、パリ、カタールで開催されているアートフェアです。マイアミを拠点とする不動産開発会社のCEO、クレイグ・ロビンスという人物が、この「アート・バーゼル」を招聘し、同時に「デザイン・マイアミ」という新しいスキームを立ち上げ、アーティスティックな家具をマイアミから生み出していくことで都市の資産価値創造を図り、価値向上を加速させたことで注目を集めています。「アート・バーゼル」は絵画や彫刻、インスタレーションなどの現代アート、「デザイン・マイアミ」は家具や照明、テキスタイルなどのデザインの祭典で、いずれも毎年12月に行われる「マイアミ・アートウィーク」に隣接する会場で開催されます。
小野田:まさにアートとデザインでまちの活性化を実現した、大きな成功例ですね。
青木:まちの文化性や特徴が活かされたと感じる例としては、最近ではデンマークのコペンハーゲンで開催されている「3 Days of Design(スリーデイズ・オブ・デザイン)」というイベントも、非常に勢いを増しています。日本からはカリモクやソニーが参画していますが、北欧の家具ブランドでは、ミラノに出展せず、「3 Days of Design」への出展にフォーカスするという企業も増えています。この背景には、コペンハーゲンのヒュッゲ(※1)を大切にする文化があるからだとみています。ヒュッゲの文化に基づく心地良いデザインと機能性を一度に体感できることはもちろんですが、くつろぎから生まれる"満足感のある対話"が自然と生まれる環境も選ばれている要因であるとするならば、対話が得意な大阪には、大きなチャンスがあると思いますね。
※1 ヒュッゲ デンマーク語で「心地よさ」「くつろぎ」を意味する言葉。人とのつながりや穏やかな時間を大切にする北欧文化を象徴する概念。
小野田:上海を拠点にアートディレクターとしてご活躍されてきた増井さんからみて、アジアの潮流はいかがですか。
増井:上海では「ウエストバンド・アート&デザイン」と「ART021」いう二大アートフェアが11月のほぼ同時期に開催され、まち全体がアート一色になって盛り上がります。昼間だけでなく夜もアート関係者がクラブを貸し切って交流するなど、来訪者が都市体験全体を楽しんでいる様子が、まちのあちこちで見られます。このように「時期を合わせてあちこちでまちを盛り上げる」という連携が、まち全体の活性化には非常に大切です。大阪梅田にも、芸術文化や人というこれまでに培われた資産があり、都市全体で体験価値を高めていく、国際交流拠点として伸びしろが充分あると思うので、OADの期間、まちのあちこちで昼夜問わず回遊できるようなイベントやパーティが開催され、より活性化を促すことができればいいと思っています。
小野田:海外と比べて、日本のアート市場の活性化には何が足りないと感じておられますか。
増井:海外では都市とアートの関係が、もっと自由で大胆に展開されていると感じることがあります。例えば上海では、富裕層が所有する私設美術館のロビーを夜間にアーティストへ開放し、イベントを開催することがあります。中にはかなり実験的な企画もあり、夜8時から深夜0時近くまで続くようなイベントもある。そういう規格外な試みを受け入れる懐の深さがあるんです。

こうした海外の取り組みを目の当たりにすると、最近の日本のアーティストは少し真面目すぎるのではないかと思うこともあります。ヤノベケンジさん(※2)世代や、その上の椿昇さん(※3)世代のように、もっと破天荒なことをやってもいいのではないか。オノ・ヨーコさんがニューヨークの街中で「ハプニング」をやった時代にみられるような、アーティストが放出する熱量みたいなものが、今は少ない気がします。
※2 ヤノベケンジ氏:現代美術作家。ユーモラスな造形に社会的メッセージが込められた作品群や、機械彫刻、巨大彫刻を制作することで知られる
※3 椿 昇氏:現代美術作家。巨⼤⽣命体の造形を通して現代社会への問題提起を行う
青木:若いアーティストが育つ土壌を社会的に整備することも必要です。例えば欧米では、都市の公共空間とアートを結びつける制度が広く普及しています。その代表例が「1パーセント・フォー・アート」と呼ばれる制度です。公共建築の建設費の約1%をアート作品の設置や制作に充てる仕組みで、公共空間の質を高めると同時に、アーティストの活動を支える制度として機能しています。日本では群馬県がいち早く2023年に条例を制定し、「群馬パーセント・フォー・アート」を推進していますが、都市の魅力を高める要素としてアートを計画的に都市空間へ組み込むという発想は、日本でも広がっていくでしょう。
都市の成長性を加速する装置――
多様性を生むアートと集約するデザイン
小野田:過去3回の開催で見えてきたこと、4回目となる今年の抱負や将来の展望についてお聞かせください。
佐藤:今年もOAD実行委員会には新たな企業の入会があり、ビジョンに共感いただける仲間の輪が広がっていることをうれしく思います。企業間でOADを通じた社員交流もあり、相互連携が活発になってきていることを実感しています。5回、10回、20回と続けていくためにも、もっと集客力を高めてさらなる経済インパクトにつなげていきたい。そのためには、「食」との融合や「音楽」との融合など、世界中のコレクターが大阪に来たくなるような、五感で喜びを感じられる特別な体験設計をすることが重要だと考えています。
増井:私は、街の開発というのは未来に向けたチャンスだと感じています。そういった意味で、OADの拠点であり、様々な開発が続いている大阪梅田は、そのトップランナーという位置づけで見ています。そういう自負をもってOADも進めていくことで、クリエイターやクリエイティブ企業が活躍し続けられることのできるエコシステムが構築され、ミナミや他のエリアもそれをトレースしながら独自色を出していく流れを作っていけたら良いなと思います。
また、国際交流拠点という視点から見ても、OADの役割は大きいと考えていて、大阪は関西国際空港が世界の窓口となっていますから、海外の方々が大阪を訪れた際に、ハブ的存在である大阪梅田でお気に入りの場所やお店を見つけてもらえたらうれしいですし、そのきっかけを創出することができるのもOADの可能性の1つだと考えています。

谷口:私は、アートを「アーティストが放出するエネルギーの発散」ととらえています。受け取る側がそれをどうとらえるかは自由で、受け取り方の多様性がアートのおもしろさじゃないかと思います。一方、デザインは「マーケットを見据えた収斂」ととらえており、「売れる」ことをより強く意識しているという点で、アートとは異なる性質を持っています。OADが目指すのは、単に開催期間中、アートとデザインを楽しんでいただくということだけではなく、それらをうまく融合させながら、スタートアップや型にはまらない成長路線を模索する企業などを巻き込み、新たなビジネス、チャレンジを生み出すことです。多彩なメンバーが揃う実行委員会で垣根のない議論を続けながら、当初掲げた10年開催に向けて、大阪らしいアート&デザインの都市戦略を引き続き深化させていきたいと思います。
青木:OADが大きな経済インパクト、本格的なビジネスを創出していくにはあと一歩、核になるものが必要と感じています。例えば「AIの次は宇宙」とマーケットでは言われていますが、大阪にはものづくりのまちとして積み上げてきた確固たる歴史がありますよね。町工場も宇宙事業の一端を担っていたりするので、そういうところと協業してパブリックアートを発表するのも一つの方法かなと思います。技術の発表の場であったり、テストマーケティングの場であったり――いろいろな方向に可能性を感じています。梅田ならではの魅力を表現し続けることで、OADは都市の新しい物語を世界に発信する唯一無二の祭典に成長すると確信しています。
小野田:みなさんのお話から、改めてOADの取り組みは、来場者がアートやデザインと出会うだけでなく、梅田のまちの魅力をも見つけながら体験してもらえる「体験と発見」はもちろんのこと、クリエイターの活躍の場を広げると共に、クリエイター同士や企業との共創も生まれる「創造」という面も大いに目指せることを実感しました。
これからも皆さんと共に、大阪梅田だからこそできるOADを育て、世界からも注目されるイベントに成長させたいと改めて思っています。本日は、ありがとうございました。